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2018/04/23 22:11

 

日本のミネラルウォーターの歴史をご紹介します。

日本で最初のミネラルウォーターは明治17年に販売された「平野水」という商品です。これ、実は炭酸飲料「三ツ矢サイダー」の原形で、明治屋が販売したもの。

以後、さまざまな歴史をへて商品として市場としてミネラルウォーターは成長してきました。

今回はそんな日本のミネラルウォーターの歴史をざざっとご紹介します。

 

日本のミネラルウォーターの歴史|明治時代から続く日本のミネラルウォーター

明治~日本におけるミネラルウォーターの誕生~

日本のミネラルウォーターの歴史のはじまりは明治。

最も古い「市販ミネラルウォーター」の記録は、明治13年(1880)の「山城炭酸泉」という商品とされています。コレ、「東京絵入新聞」に掲載された商品広告なのですが、「山城炭酸泉」に関する資料は残されていないのが実情です。

次に古い記録は、明治17年(1884諸説あり)の「平野水」という商品。コレ、兵庫県川西市平野にあった「平野鉱泉」を瓶詰めした炭酸水で、明治屋が販売したものです。実は、これが日本における「市販ミネラルウォーター」の第1号とされています。

ちなみに、「平野水」のラベルには「三ツ矢印平野水は天然炭酸水を含める東洋唯一の純良鑛泉なり」と表記されていたようです。で、後に砂糖や香料が加えられ、炭酸飲料「三ツ矢サイダー」として広く流通するようになっていきます。

さて、それから6年後の明治23年(1890)には「仁王印ウォーター」というミネラルウォーターも販売されました。兵庫県西宮市塩瀬町で生産され、天然の炭酸水を瓶に詰めた商品だったようです。これは後に「ウヰルキンソンタンサン」という名前になります。

このように、これらのミネラルウォーターは「炭酸水」であり、その消費者は神戸や横浜にあった外国人居留地に住んでいた外国人でした。当時の日本人で買う人はほとんどいなかったということですね。

昭和のはじまりから昭和50年代まで~業務用中心にミネラルウォーターが拡大~

昭和に入ると炭酸を含まないミネラルウォーターの販売が開始されます。

昭和4年(1929)、「堀内合名会社」の「富士鉱泉水」がその最初とされ、当時の日本では画期的な商品でした。が、やはり販売先は高級ホテルやレストランなどに限られ、一般市民が気軽に飲めるものではなかったようです。ちなみに、コレ、後に「富士ミネラルウォーター」として名前が変更されています。

それから後のミネラルウォーターの歴史は第2次大戦後になります。進駐軍の飲料水として需要が増えたことにより、「鉱泉水」をアメリカ式に「ミネラルウォーター」と呼ぶようになりました。

昭和30年代以降、日本は高度経済成長期に入り、昭和42年(1967)頃にはウイスキーの水割りが大流行。トリスバーなどが人気を集めた時代でもあります。ここで業務用ミネラルウォーターのニーズが高まり、大手洋酒メーカーが水割り用の瓶詰めミネラルウォーターを次々に商品化していきます。昭和50年代頃までは、この水割り用の水が「ミネラルウォーター」と呼ばれていたのです。

このように、昭和50年代までは、「ミネラルウォーター」はホテルや酒場で使われる業務用がメインであり、一般家庭用の飲料水としてはほとんど流通していなかったのです。

昭和58年以降~家庭用ミネラルウォーターの拡大~

それまでの「業務用ミネラルウォーター」にイノベーションを起こしたのが、昭和58年(1983)に発売された「六甲のおいしい水」です。この商品名は御存じの方も多いと思います。

当初「六甲のおいしい水」は「ハウス食品」の発売でした。、食品メーカーですよね。発売当初は売れ行きが伸び悩んだものの、翌59年(1984)に起きた東海·近畿地方の水不足をきっかけに販売が伸び、ネーミング のわかりやすさもあって人気商品となりました。この成功を受けて、全国各地の企業、自治体等が続々と家庭用ミネラルウォーターの販売に乗り出し、業務用を含めても数えるほどしかなかった国産銘柄がわずか数年で200ブランド以上まで増えたのです。

また、昭和61年(1986)は海外ブランドのミネラルウォーターにとっても大きな転換点となりました。同年5月にミネラルウォーターに関する基準が一部改正され、ヨーロッパの無殺菌による水の輸入が正式に認可されると、「エビアン」「ヴィッテル」といった海外大手ブランドが本格的に参入するようになったのです。輸入ミネラルウォー ターの種類も大幅に増えました。

平成~家庭用ミネラルウォーターが市場として成長~

家庭用のミネラルウォーター消費量が、業務用ミネラルウォーターを超えるのは平成に入ってからのことです。

平成2年(1990)、ついに家庭用ミネラルウォーターの消費量が業務用ミネラルウォーターを上回りました。農林水産省が「ミネラルウォーター類の品質表示ガイドライン」を公示したのもこの年。それでもこの時点での国産と輸入を合わせたミネラルウォーターの消費量は約 17万5000キロリットル。

ですが、9年後の平成11年(1999)には、なんと100万 キロリットルの大台を突破。その7年後の平成18年(2006)には200万キロリットルを突破するなど、市場は急成長します。

そして平成23年(2011)。この年の3月に発生した東日本大震災の教訓から、各家庭で災害に備えて安全なミネラルウォーターを備蓄しようという意識が高まり、その消費量は過去最高の317万キロリットルに達します。
これによって、国民ひとりあたりの1年間の消費量も24.8リットルに増えました。これはイギリスを超える数字です。

今後は急成長を続けているウォーターサーバー市場に牽引される形で、ミネラルウォー ターの消費量はさらに拡大していくものと予想されます。それと同時に、限りある資源である地下水の保護、保全が世界中で問われている中、日本でもより高いレベルでの水源の保護と管理の法制化が期待されています。

まとめ

日本のミネラルウォーターの歴史|明治時代から続く日本のミネラルウォーター

日本のミネラルウォーターの歴史をご紹介しました。

日本で最初のミネラルウォーターは明治17年に販売された「平野水」という商品。以後、さまざまな歴史をへて商品として市場としてミネラルウォーターは成長してきました。

今では、国民ひとりあたりの1年間の消費量も24.8リットルになり、ミネラルウォーター先進国イギリスを超える数字になってます。

今後の課題は、限りある資源である地下水の保護、保全であり、日本でもより高いレベルでの水源の保護と管理の法制化が期待されています。